東浩紀のサイバースペース批判を今読み直す


 東浩紀は、電子メディアがつくりだすものを「サイバースペース」というように空間的なものとして考えることに批判的である。

 

彼の問題関心は「サイバースペースの観念が、現実のメディア環境の変化を認めつつ、かつ同時に否認する一種の自己矛盾を抱えているように思われた」という一文に集約されている。メディア環境で起きている、「ネットワーク化」「インターフェイス化」が、象徴界の弱体化(大きな物語の失墜)と不気味なものへの感情移入と対応しているというのが、東の仮説である。

 

サイバースペーの観念は、透明で理性的なコミュニケーションが一次元的に繰り広げられる情報空間を指し示すものであるが、透明性と理性が優位な状況では、メディア環境が現実において生じさせている不気味なものとしかいいようのないものの余地が消されてしまう。

 

これが何かということについて、東の議論は必ずしも明瞭ではないが、少なくとも、透明性と理性だけではコントロールできないものが生じてしまうことを指摘した点では、東の議論は重要であったといえないか。