公共的な空間における自殺

公共的な空間で決行される自殺行為は、多くの人の生活を混乱させ、街そのものをも混乱させるというだけでない。私はどことなく、時間そのものが中断されているようにも感じつつ、日常的に経験される時間とは別の時間が発生しているようにも感じた。

  時間が混乱するのは、異質な時間がそこで衝突するからであると考えてみる。まずは、電車が円滑に作動しているときの時間がある。電車をも一部分として組み入れることで成り立っている、日常的な生活の時間である。

 鉄道自殺は、この時間を中断する。日常的な時間の中断は、そこに空隙が開かれた状態と捉えることもできるだろうが、それだけだろうか。自殺において生じる時間というものもあるのではないか。

 

A 機械化された時空間、鉄道、自動車。高速道路。

B 身体の時空間(生身の時空間)