2016年の阪急電車沿線の出来事

10月になって思い出したこと。

2016年10月、最寄り駅の階段を登っていたら、女の人がホームから駆け下りてきた。その人は駅員に、「電車に人が巻き込まれたよ」と慌てた声で告げている。何のことか一瞬わからなかったのだが、それでも数秒後、人身事故が起きたことに気づいた。ホームまで歩いていくと、電車が停まっていて、しかも停まった電車の扉付近に誰かが倒れているのがみえた。茶色のウィンドブレーカー。髪の長い男。若い。

 「死んでいる」と思った。

 様々な人が途方にくれている。ホームでは皆が呆然としていて、改札周辺では駅員が質問攻めにあっていて、駅周辺では、様々な人が携帯電話で話したり、メールを送ったり、タクシー待ちの列に並んだりしている。

 人が一人、電車に飛び込む。電車が停止する。線路がしばらく使えなくなるので、他の電車も停まる。電車を使うことのできなくなった人たちは電車以外の交通手段をもとめて右往左往し、右往左往する人で満たされた街は次第にどことなく落ち着きを失い、騒然としていく。救急車が来て、パトカーが来て、なぜか消防自動車も来る。サイレンが街の騒々しさをいっそう増幅させていく。

 かくして日常が掻き乱される。人はこの掻き乱された日常のなかで、自分の都合が狂わされたことにあたふたする。それでも、この日常の掻き乱しが一人の人のいのちが失われたことにより引き起こされたことへと思いを馳せる人はそれほど多くはないのだろう。事故をおこすのはやめてくれと思うことはあっても、事故を起こしたその誰かのことを、その誰かが、事故を起こすにいたる生き様のようなことを、考える人はおそらくはいない。自分の知らない誰かが電車に飛び込んだからといって、それが自分と何の関係があるというのか。「彼氏とのデートの予定が狂った!」と慌てふためくあなたのほうがたぶん正しいのだろう。 

 その日は大阪市内で用事があったので電車に乗りたかった。それで駅員に「いつになったら動くのか」と聞いたが、「復旧がいつになるかはわからない」と言われ、しかたなく自転車で別の路線の駅まで移動し、市内まで行くことにした。

 そのとき私も、「よりにもよってこんな日に飛び込まないでほしい」と、ただ自分の都合しか考えていなかった。つまり、自分がこの日行かねばならないところに行けなくなるかもしれないことに不安になり、どうしたら行くことができるか、それだけを必死で考えていた。 

 ただ、私はそのとき、自分のなかの何かが「挫かれた」と思った。「挫く」を辞書で調べると、それは「勢いをそぐ」「弱らせる」ことを意味する言葉と書かれている。つまり私は、人身事故の現場近くで、自分のなかの何かが勢いをそがれ、弱っていくのを感じた。それは多分、生きていこうという気持ちである。生への意欲である。さらにいうと、それは気持ちや意欲を生じさせてくれる気分であり、何があろうと生きていくことを支え、促してくれる、生命力のようなものである。事故の現場にいると、生命力が挫かれてしまう。生きていこうという思いを挫く力が、事故現場に生じている。

 この場にいてはいけない。そう思ったからこそ私はすぐに自転車に乗ったのだったが、移動中も、私はいまだに事故が生じさせた一種の磁場のようなものにとらわれていたのだろう。

 すぐに離れたほうがいい。そう考えていたように思うし、あるいは、倒れた姿を見るのが怖かっただけかもしれない。見るだけの勇気がなかった。それは、自分がどん底にいることを直視したくなかったからかもしれない。どん底の自覚があれば、何か別の反応ができたはず。

この世の地獄感


 そういえば、二〇一七年の四月、市役所で国民健康保険への加入手続きをしていたとき、七〇歳くらいの男が、大声でわめき散らしていた。年金だろうか役所で手続きをすれば、何らかのかたちで得ることのできるはずの金が支給されていない、そのことに怒っているようだ。だが、男の発する声は、誰か具体的な人、たとえば窓口にいる市役所の職員に、面と向かって向けられているのではない。待合室のベンチに腰掛けたまま男はわめいている。その視線は、この人が頭のなかにこしらえあげた敵のような存在に向けられているようで、だから眼力は強いが何かを受けとめる余力はそこになく、ゆえに空虚である。たしかに、年金が段階的にカットされていく−−先日の報道では、七五歳にならないと支給されなくなると書かれていた−−と言われている。ということは、この人は、以前であればもらえると言われ、もらえると信じていた金が知らぬ間にもらえなくなって、それに対して憤り、市役所に乗り込んで、ベンチに座って喚き散らすという孤独きわまりなき抗議行動に打って出たのだと考えることもできる。